2026.08.01 AI・地域

行政がAI前提になっても、現場は自力では動けない
地域の事業者に伴走できる50代の実務知見が、いま求められる理由

2026年7月28日、内閣官房内閣人事局が「人口減少社会×AI時代の行政を支える人材改革プラン(国家公務員バリューアッププロジェクト)」を公表しました。深刻化する人手不足のなかで公務組織を維持するため、AI前提のリスキリングと柔軟な外部人材活用を推進していく、という方針です。

行政が大きく舵を切った、先進的な変化に見えます。ただ、地域の現場を知っている人間には、別の問いが浮かびます。

行政が枠組みを整えたとして、地域のひとつひとつの事業者は、本当にAIを使って変化を起こせるのだろうか。

結論:制度が整っても、現場は自力では動かない

答えは、はっきりしています。動きません。

「AI前提」という言葉から想像される現場と、実際の現場との距離は、思っているよりずっと遠いところにあります。

私が地域で会ってきた事業者のなかには、LINEは使える、AIに一度質問を投げてみたことはある——そのあたりが到達点になっている方が、まだたくさんいます。

これは能力の問題ではありません。日々の商売を回すのに、それ以上を必要としてこなかった。ただそれだけです。むしろ、その範囲で長年ちゃんと利益を出してきた方々です。

先日も、ある50代の経営者からこう聞きました。

「AIを使ってみないと、と思ってね。ある商品の価格比較表をつくらせてみたら、嘘ばっかりで。使えないな、ってなってね」

この方は、やる気がなかったわけではありません。自分から試しているのです。それなのに、最初の一回で「使えない」という結論に達してしまいました。

起きたことは、生成AIのごく典型的な挙動です。手元のデータを渡さずに価格を尋ねれば、もっともらしい数字が並びます。使い方の問題であって、AIが役に立たないわけではない。

けれど、その場に「それは、渡している情報が足りていないだけです」と言える人が、一人もいなかった。

結果として「AIは嘘をつく、うちには合わない」という結論だけが残ります。次に試すまでに、何年かかかることになる。この最初の一回をどう扱うかが、地域のDXの分かれ目です。

その現場に向かって「AI前提で業務を変えましょう」と言っても、言葉そのものが届きません。行政がAI前提の組織に転換し、デジタル化した支援策を用意したところで、地域の中小企業の経営者や現場の職員が「じゃあ明日からAIを使って業務を変えよう」とはなりません。理由は能力でも意欲でもなく、構造にあります。

ツールを渡して終わり、DX研修をやって終わりでは、地域の現場は一歩も動きません。ここを埋める人がいなければ、どれほど立派なプランも紙のままで終わります。

データが示す、本当のボトルネック

この「動けなさ」は、感覚の話ではありません。数字に出ています。

ものづくり白書2026によると、ベテランの知識や経験を形式知化することが難しいと答えた企業は68.6%。その内訳を見ると、形式知化の方法やツールが分からない企業が28.6%、そのための時間や経営資源が足りない企業が28.1%となっています。

この数字が示しているのは、DXの障害がツール導入の手前にあるということです。現場が持っている知識が、まだ言葉になっていない。言葉になっていないものは、AIにも渡せません。

そこへ、経済産業省が試算するIT人材の不足が重なります。2030年までに最大80万人。地域の中小企業に、DXを内製できる人材が回ってくる見込みは、現実的にほとんどありません。

DX未着手の企業の約8割は、必要性そのものは認識しています。分かっていないのではなく、優先順位のなかで後回しになり続けている。だから「教える」支援では動かず、「一緒に手を動かす」支援でしか動きません。

なぜ「若いエンジニア」ではなく「50代のハンズオン」なのか

ここで不可欠になるのが、事業者一人ひとりの懐に飛び込み、膝を突き合わせて課題を紐解くハンズオン(伴走支援)です。

そして、これを担えるのは、AIの操作技術だけを持った若いIT人材ではありません。行政の文脈——法規制、予算の流れ、地域の事情——を理解したうえで、事業者ごとの現場の悩みや人間関係、経営の葛藤に寄り添い、どこにAIを差し込めば現場が楽になるのかを一緒に設計できる人です。

それは、ミドルシニアの役割になります。

1. 30年の現場・経営経験と、同世代であること(人的資本)

事業者が「言いたいけれど言語化できない課題」を、対話で汲み取る力。これは経験の量がそのまま解像度になる領域で、技術では代替できません。

そしてもう一つ、相手と同じ時代を通ってきたことが効きます。地域の事業者の多くは50代・60代です。同じ景色を見てきた人にしか言えない言葉があり、同じ景色を見てきた人にしか言わない本音があります。

2. AI活用スキル

複雑な業務フローを思考整理し、ドキュメントや仕組みへ落とし込む力。AIは、この工程を圧倒的に速くします。ただし「何を整理すべきか」が分かっている人が使ったときだけです。

3. 現場への伴走力

寄り添いながら、実際の運用まで共に手を動かして支える力。提案書を置いて帰るのではなく、定着するまで隣にいられるかどうか。

長年培ったビジネスの解像度に、AIという武器を掛け合わせる。この掛け算ができるミドルシニアこそが、行政と地域事業者をつなぐDX伴走パートナーになれます。

よくある誤解:「AIが使えないと、この役割は無理では?」

逆です。AIが使えるだけの人は、この役割を担えません。

生成AIの操作は、数週間あれば実用レベルに届きます。一方、事業者が言いよどんだ一言から本当の課題を掘り当てる力は、数週間では身につきません。

それは年数の積み重ねでもありますが、それだけではありません。同じ時代を生きてきた、という強みがあります。

手書きの帳簿が当たり前だった頃を知っている。パソコンが職場に入ってきたときに、現場で何が起きたかを覚えている。誰が反対して、誰が黙って残業して、結局どうやって落ち着いたのか。その記憶があるから、目の前の経営者が「なぜ変えたがらないのか」が、説明されなくても分かります。

効率が悪いと頭では分かっていても手を離せない。その感覚を、実感として共有できるかどうか。ここが、相手が本音を出せるかどうかの分かれ目になります。

順番を間違えないでください。足りないのは技術ではなく、技術を差し込む場所を見極める力です。そしてそれは、すでに持っている人が多い。

「過去の職歴」から、現場が安心して一歩を踏み出せる「社会の資産」へ

ただし、こうした実務知見や伴走力を持っていても、「〇〇会社で部長をやっていました」という肩書きや、形式的な職務経歴書の提示だけでは、地域の現場からの信頼は生まれません。

現場が求めているのは、経歴書に書かれた過去の数字ではなく、「この人は自分たちの悩みを理解し、どう寄り添ってくれるのか」という安心感です。

だからこそ、会社の看板を一度外して、自らの生の言葉で「どんな壁にぶつかり、どう乗り越えてきたのか」という思考のプロセスと、伴走への想いを実直に伝える必要があります。

「過去の職歴」を「相手に寄り添うための知恵」として開き始めたとき、地域の事業者も「この人となら」と、新しい取り組みへ一歩を踏み出せるようになります。

そのとき、あなたの30年のキャリアは、地域社会の挑戦を支える一生モノの社会資本へとアップデートされます。人的資本を社会資本へ変換するとは、こういうことです。

まとめ

綺麗事のAI理想論で終わらせないために。現場に寄り添う「あなた自身の名前と経験」で、地域とつながり直すセカンドキャリアを踏み出してみませんか。

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